博士 × 「高度専門技術推進」|林屋 均(東日本旅客鉄道株式会社)
2026.10.08
林屋 均 氏(東日本旅客鉄道株式会社 テクノロジー&イノベーション推進本部 研究開発センター 所長)
研究によって得られた知見や、博士課程で培われた専門性には、社会実装の現場でこそ広がる可能性がある。大規模な実装フィールドを持つJR東日本では、博士人材が研究開発にとどまらず、技術管理やプロジェクトマネジメント、現場の課題解決など、多様な役割を担っている。研究者として専門性を深める道もあれば、研究のノウハウを生かして社会の課題解決や新規ビジネス提案を先導する役割も期待している。研究開発センター所長の林屋氏に、研究と社会実装をつなぐ仕事の面白さと、博士人材の潜在力を引き出し、多様なキャリアを可能にする企業のあり方についてお話を伺った。
インタビューアー:鬼頭 祐介(株式会社アカリク ヒューマンキャピタル事業本部 事業推進部)
【幅広い分野の研究開発、前提にあるのは社会実装】
鬼頭 御社の事業概要とその中で研究開発が果たしている役割について教えてください。
林屋 JR東日本グループは、モビリティと生活ソリューションの二軸で事業を展開しています。鉄道やバスなどの運輸業だけでなく、リテール、広告・出版、不動産・ホテル、Suicaや金融など、かなり幅広い事業を持っています。
モビリティに限らない幅広い事業領域を網羅する研究テーマの多様性も、当研究開発センターの特徴です。
幅広い領域の多様な研究開発に取り組んでいますが、やはり役割として一番比重が大きいのは鉄道事業におけるさまざまな課題を解決していくという役割です。わかりやすいのは車両や設備の設計、メンテナンスに関する技術的な研究開発ですが、それだけではなく、お客さま理解やサービスに関する研究も行っています。技術に限らない、幅広い経営課題の解決に貢献してきたのが、当研究開発センターの位置づけと言えるでしょう。
一方で、ここ数年は、研究開発センターに限らずより現場に近い第一線職場でも技術開発が進められていますし、社会実装のためのオープンイノベーションとして、社外企業やスタートアップとの連携を推進する仕組みもあります。その中で研究開発センターには、少し長い視点も持ちながら研究開発を進めていくこと、さらにはよりイノベーティブな新規提案をすることが期待されています。
短期的視点と長期的視点を分けて考えるのではなく、両方の研究開発を手掛けながら幅広い視点を養い、自分たちの研究力・技術力を活かして課題解決や新規提案を行い、会社経営に貢献していくことが、研究開発センターの役割だと考えています。
鬼頭 こちらの研究開発センターではどのような研究が行われているのでしょうか。
林屋 今は全部で16のユニットに分かれて研究を進めています。ユニットごとの規模はかなり幅があって、5名ほどのところもあれば、40名程度のところもあります。
大きな領域で言うと、以前は「6つの研究所」という形で整理していたこともあって、その方が分かりやすいかもしれません。具体的には、①安全に関する研究、②メンテナンスに関する研究、③新しい鉄道システムや鉄道車両に関する研究、④お客さま視点の価値創造に関する研究、⑤防災に関する研究、そして⑥エネルギー・環境に関する研究です。もちろん横断的なテーマも多数ありますので、必要に応じて、幅広い分野の技術者・研究者が連携しながら研究を進めていきます。
研究開発センターは2001年に発足しました。それ以前から安全やメンテナンスに関する研究は進められていましたが、発足後は、将来の鉄道システムやマーケティング、防災、環境などの領域を強化して体制を整えてきました。繰り返しになりますが、工学分野だけでなく、お客さま視点の価値創造やサービスに関するテーマも扱っていること、さらに鉄道に関わる安全や防災などの専門性の高い研究領域も含めていることが、この研究開発センターの特徴だと思います。
鬼頭 博士人材はどれくらい在籍していて、どのような分野の方が活躍しているのでしょうか。
林屋 現在、当社で博士号を持っている社員は178名います。全社員の約0.4%です。分野としては、私のような電気系もいますし、いわゆる工学系の博士のほかマーケティングや安全・気象・防災関係の人材もいます。やはり工学系が多くて、特に土木構造物や機械、車両関係の博士が多いと思います。
研究開発センターでは、所員258名中、博士号取得者は20名で、いわゆる次長級である各分野のトップであるユニット長ですと、16名中4名が博士号取得者です。また、研究所以外でも、博士号取得者は建設プロジェクトマネジメントオフィスなどの部署において、設計・技術管理やプロジェクト推進に携わるほか、鉄道事業をつかさどる本社組織で全社的な技術判断を担うなど、幅広い職場で活躍しています。
鬼頭 ご自身の現在のポジションでの仕事内容について教えてください。
林屋 今の役割は、研究開発成果を社会実装につなげていくことです。我々の研究開発センターがこれまでも力を入れてきた、喫緊の課題に対する研究開発を進めるとともに、将来に向けた萌芽的な研究テーマを立ち上げ、5年後、10年後の業務変革やビジネス提案に向けた種まきを行っています。技術集約的な鉄道ビジネスでの課題解決や新規提案においては、土木工学、電気工学、機械工学といった一技術分野に収まるのではなく、技術横断的な領域も伸ばす必要がありますし、さらにそこにマーケティングや地域振興といったサービス系の視点も考慮しながら、双方を伸ばしていくことが求められます。こうした学際的な視点から、全体をまとめて、方向付けしていくことが私の役割と言えるでしょう。
特に今、重要だと感じているのは、すぐに実装できる研究を進めることに加えて、少し広い視点、長い視点で研究開発を進めていくことです。会社としてもそうした研究開発を重視していますので、新しい分野をどう広げていくのがいいのか、研究所の所員と一緒に技術動向を見ながら判断しています。近い将来を見据えて喫緊の課題を解決してすぐに実装できるものを開発することと、将来の汎用性や情勢の変化を踏まえて必要になると思われる研究開発に適時適切に着手していくこの両立がとても重要だと感じています。
具体的には、会社の経営課題や目指す方向性を日頃から意識しつつ、それに加えて、学会での議論や、いろいろな先生方とのコミュニケーションを通じて、技術動向を整理しながら考えていくことになります。実際に研究テーマを決める時も、最初から大きな予算を付けて進めるのではありません。イノベーション戦略部とも連携しながら、技術リサーチを行い、その結果を踏まえて、基盤研究という形で、基礎的な調査や小規模な試験のようなことを進めます。そのうえで、我々が「工業化」と呼んでいる実装により近い段階に進めそうだと判断できれば、より多くの予算を確保して、実際のフィールドを使いながら検証していく研究開発へと進めていきます。社会実装に向けて、このようにステップを踏みながら、安全で信頼性の高い開発を進めていくことができるのが、当研究開発センターの研究開発の醍醐味です。
【研究が好きで進んだ博士課程。その先に、専門性を活かすさまざまな仕事が広がっていた】
鬼頭 博士課程在学時の研究内容やご専門について教えてください。
林屋 博士課程の時は、磁気浮上とリニアモーターの研究をしていました。その中でも、特に振動制御が私の研究テーマでした。鋼板を非接触で搬送するための、浮上・推進制御も含めた研究です。その後、大学に教員として就職し、その時にはプラズマ磁気閉じ込め、つまり将来の核融合を目指した研究に取り組みました。プラズマ中の電子密度をレーザー干渉計で計測するシステムを作って、各種のプラズマ磁気閉じ込め配位を比較するような研究をして、プリンストン大学プラズマ物理研究所に短期滞在していたこともあります。
「リニアモーター(磁気浮上)と、核融合プラズマでは全然違うじゃないか」とよく言われるのですが、電気工学の中で見ると、どちらも電磁力応用という切り口でつながっています。磁界や電界を使って何かを動かしたり制御したりする、主には磁界ですけれども、そういう意味での電磁力応用というところが、自分の専門性だと思っています。
鬼頭 博士課程に進まれて、ずっと研究を続けてこられたのですね。修士課程を修了して就職する道もあったと思うのですが、なぜ博士課程に進んだのでしょうか。
林屋 修士に進学する時は、博士課程に行くつもりは全くなく、就職にいちばん役に立ちそうな、産業界とのつながりも深い教授の研究室に進みました。ところが、やっているうちに研究が楽しくなってきて、進学を考えるようになりました。
もちろん、博士に進むとなると、その先のキャリアに不安もあり、教授にも相談しました。そうしたところ、「博士人材は課題解決のエキスパートとして、研究以外のビジネス領域でも活躍できるのだから、君さえしっかりしていれば就職に困ることはない、全く心配はない」と背中を押してくれました。
今振り返っても、その教授の考え方はかなり先進的だったと思います。博士課程にいると、どうしてもアカデミアがいちばん輝いて見えるものですが、教授は最初からそういう考え方ではありませんでした。ヨーロッパには「営業ドクター」もいるのだから、博士の活躍の場はアカデミアや企業研究所だけではなく、いろいろな道がある、とお話しされていました。
鬼頭 大学の助手を経て、JR東日本に就職された経緯について教えてください。
林屋 博士課程を修了したあと、まずは同じ大学の助手として就職し、プラズマ磁気閉じ込めの研究を続けました。当初は、そのまま大学の研究者としてアカデミアに進んでいくつもりでした。
ただ、働き始めた頃は、独立行政法人化や外部資金獲得の重視など、大学を取り巻く環境が大きく変わり始めた時期でもありました。大学も外部資金を獲得して研究を進める流れが強まっていくなかで、国の予算で雇われていたサポートスタッフは減っていく。そういう状況を見ていて、大学にずっといることが本当に面白いのだろうか、と疑問を持つようになりました。さらに、大学でも社会に役立つ研究が強く求められるようになっていたので、それなら企業の研究所で社会実装に関わる方が、自分には面白いのではないかと思うに至りました。
指導教官からは進学時から「いろいろな道がある」と言われていたため、企業に出ることへの抵抗はありませんでした。むしろ、企業の方がいろいろと面白いことができるのではないか、と考えるようになりました。
就職先はいくつか検討しましたが、研究室の先輩を通じてJR東日本の話を聞いたところ、2001年12月に研究開発センターが発足する予定で、「JR東日本にも中途採用の可能性があるのでは」と助言を受けたことが、2002年7月の入社につながりました。
鬼頭 入社後のキャリアについて教えてください。
林屋 入社後の最初のテーマとしては、大容量直流遮断器(遮断器:異常時の電流を遮断する電力機器)の開発や、直流用光ファイバ電流センサの開発など、メーカーと共同しながら社会実装できる設備の開発、およびトロリ線アーク断線現象の解明や新幹線電力供給設備におけるサージ現象の解明など研究色の強い現象解明の研究テーマに取り組みました。
最初に研究所に入って面白かったのは、やはり企業の研究所なので、新幹線だとか山手線の変電所だとか、実際のフィールドでデータが取れることでした。学校で習った電気工学、例えば三相不平衡とか、電気回路の中でサージが反射して戻ってくるとか、そういう教科書で学んだことを実際のフィールドで測ってみると、もちろん理屈通りではない部分もたくさんありますが、理屈で説明できることもたくさんある。現場でデータを見ながら、手に取るようにいろいろなことが分かるのは、とにかく面白かったですね。
研究所で4年間勤務したあとには、変電設備の保守の現場にも行きましたし、その後は本社で全社的な技術判断をするような仕事もしました。
鬼頭 その頃のことで、印象に残っている仕事はありますか。
林屋 特に印象に残っているのは、まず2008年の雷害対策です。その年はとても雷が多く、鉄道に電気を送っている電線が首都圏で2日連続で雷で切れるというトラブルがありました。信号設備もかなり雷で壊れて大規模な輸送障害も多発し、私がいた本社の部署で、電力・信号・通信の技術者が集まって、本格的に電気設備の雷害対策を進めることになりました。
結果として、電気系全体で100億円規模の設備投資を翌年以降に行うことになったのですが、これだけの金額を自分たちの技術判断で使わせてもらえるというのは、非常に緊張感のあることでしたし、身が引き締まる仕事でもありました。でも、その設備投資のあと、雷による電気設備の故障は着実に減少し、技術で会社経営、ひいては社会に貢献できることを強く実感することができました。
もう一つ、忘れられないのは東日本大震災です。この時も本社で技術管理をしていました。今の感覚ですと、「会社に泊まり込んで」という表現は、批判的に受け取られるかもしれませんが、実際にはそれくらい切迫した状況でした。結果的に東北新幹線は震災後49日間で復旧しましたが、電柱が500本以上損傷していたので、それを直すだけでもそれまでの常識なら3か月かかってもおかしくないような状況でした。電化柱の復旧では、電気技術者だけでなく土木・構造技術の専門家の知見も取り入れながら協力して復旧方法を考え、普段は東日本以外で鉄道工事をしている会社の方々も集まってくれて、応急復旧を進めました。日本中が力を合わせて設備を復旧したことは強く印象に残っています。
鬼頭 他分野の現場の専門家とも関わりながら、知識と技術を集結させていくという、非常に重要な課題解決に尽力なさってきたのですね。そしてその後は?
林屋 東京支社で首都圏の電力設備の責任者も務めました。責任は非常に重いので、息の抜けない毎日ではありましたが、その頃になると部下も増え、新入社員が自分の下に入ってくる立場になります。次世代の技術者を育てていくこと、その成長が見えることには強いやりがいと充実感を感じました。
さらにその後は、電力技術管理センターの所長として、社内の設備標準や、工事を安全に行うためのルールづくりの責任者を務めました。ちょうどその頃、大船で東海道線の線路沿線の電柱が倒れたり、東北新幹線の東京〜大宮間で重錘(架線に張力をかけている滑車の錘)が落下したりというトラブルが続いていて、普段検査しているはずの設備で老朽化に起因する問題が起きる中で、実際の検査の実効性をどう高めるかに取り組みました。
技術的な理想論だけではだめで、実際に検査する人が見られる内容でなければ意味がないですし、限られた時間やリソースの中で、どこをきちんと見れば安全を確保できるのかを判断しなければならない。チームみんなで力を合わせ、実際の現場に適した検査のあり方をつくっていく。大学で習うこととはかなり違いますけれども、非常に面白い技術の仕事だと思っています。
【「磁力線が見える」が事故原因の究明に。現象の根底にある基礎理論】
鬼頭 博士課程での経験が、仕事で活きたと感じるのはどのような場面ですか。
林屋 もちろん、課題設定とか課題解決をロジカルにやる、というところは大きいと思います。ただ、私の場合はそれに加えて、専門性がかなり直接役に立った場面もあります。電磁力応用が専門なので、電磁界の世界を頭の中で思い描くことが研究者としての自分の強みです。
そうすると、例えば本社で技術管理をしている時に、電力設備のトラブルが起きて現場に調査に行くと、焼け焦げた跡があるわけです。実際にどこでどのようなことが起きて事象が進展したかを想像する必要がありますが、きっかけとなった放電現象、アーク放電にどのような電磁力が加わってどのように変化したり移動したりしたか、現場を見るといろいろなことが分かります。
つまり、理屈に合う形で、「ここで最初事故のきっかけの事象が発生したのだろう」「だからこう対策すれば類似の事故は防ぐことができる」ということが分かる。そういう意味で、専門性が事故原因の究明に直結した場面は多くありました。
これは一般論としても言えることですが、博士課程で身につく強みは、やはり課題を設定して、どう解いていくかを考え、そこから新しい提案につなげていく経験を積んでいることだと思います。その意味では、事故原因究明のような仕事だけではなくて、技術的に筋道を立てて考えることが求められる場面では、博士課程での経験はかなり活きていると思います。例えば国際規格の審議のような場でも、技術的な専門性を背景に、ロジカルに論旨を展開して相手を納得させていく、そういうところにも博士課程での経験は活きていたと思います。
電磁気学のような分野は、電気工学の中でもかなり基礎にあたるので、勉強している時には「こんな基礎理論が本当に役に立つのか」と思いがちです。でも、実際の社会の現象の根底には、そういう物理現象がちゃんとある。そこは、仕事をするようになって改めて実感したところです。
鬼頭 博士人材として企業に入って、苦労したことや難しかったことはありましたか。
林屋 いわゆる「大学から企業に移ったことでギャップがあって困った」ということは、私自身はあまりありませんでした。むしろ、大学にいると科研費の申請書類を書いたりして、研究費を取るためにいろいろな準備をしなければいけない。しかも、若手の研究者だと頑張って獲得しても1000万円規模だったりするわけです。それに比べると、会社では上司に相談して「それは面白そうだね」となれば、基礎研究的なテーマであっても3000万円とか5000万円といった予算を使わせてもらえることもあったので、どちらかというと大学の方が大変なんじゃないか、という感覚もありました。
ただ、キャリアの面では、特に私の頃は博士人材の先行例があまりなかったので、「せっかく博士なのだから研究をさせるべきではないか」という先入観を持つ方もいたと思います。一方で、「むしろ幅広く仕事をさせた方がいい」と考えてくれる方もいました。
私は、研究に限らず、工学や社会実装に関わる会社なのだから、技術者・研究者としてできる仕事はたくさんあるだろうと考えていました。実際、保守現場のメンテナンスや、首都圏設備の責任者といった仕事も経験させてもらい、その意味では非常に恵まれていたと思います。そういうキャリアを実際に認めて、幅広い仕事を経験させるというのは、会社側にとってもある程度腹をくくる判断だったのではないかと思います。
いずれにしても、「仕事の報酬は仕事」ですので、それぞれの持ち場でしっかりした仕事をしていくことが、次のより充実した仕事につながるのだと思います。
研究開発センターの敷地内には駅の構造をした実験施設があり車両も入っています
【「研究職」ではなく「高度専門技術推進」。あえて研究だけに限定しない面白さ】
鬼頭 博士人材の活躍を促進するための社内(グループ内)での取り組みは何かありますか。
林屋 当社では、博士人材の活躍を後押しする取り組みとして、数年前に博士手当の制度ができました。博士号取得者には毎月手当が支給される制度です。また、博士号取得に際して会社が学費を支援する制度もあり、半額から全額のサポートを行っています。学会などでこの話をすると、かなり驚かれますね。特に博士手当は「そんな会社は初めて聞いた」と言われることもあります。
また、学会活動への理解もかなりあると思います。私自身、大学時代から日常的に学会発表をしてきましたし、専門委員会などにも参加していましたが、会社に入ってからも、ほぼ同じようなペースで続けさせてもらってきました。大学の外に出ると、研究以外の仕事が増えて、学会にはあまり出られなくなると思われがちですけれども、必ずしもそうではありません。
むしろ、いろいろな分野の専門家がいる学会の場を通じて、会社で考えていることが技術的に妥当なのか、あるいはどういう見方ができるのかを、専門家の知見を参考にしながら判断していくことができます。もちろん、会社の中のことですから言えないことはありますが、技術的な意思決定にあたって学会を活用するという面もあります。
鬼頭 ここ数年で、博士人材の活用のあり方はどのように変わってきましたか。
林屋 まず、博士手当ができたことによって、若い人たちの中にも「博士号取得を目指してみようかな」という機運は少しずつ高まってきているように思います。
それから、学会発表や論文執筆への理解がある一方で、会社としては「博士イコール研究」という考え方にこだわらないことにも力をいれています。総合技術監理やプロジェクトマネジメントの中でも、技術的な専門性を発揮できる仕事はたくさんあります。例えば私が実際に経験してきたような、本社で全社的な技術判断に関わるような仕事もそうです。
当社では採用の段階でも「研究職」という言い方はしていなくて、「高度専門技術推進」という枠で採用しています。言葉としてはまだあまりなじみがないので、何をする仕事なのかが見えにくいところはあるかもしれません。しかし、あえて研究職に限定していないところに、この会社で博士人材が活躍できる面白さがあるのではないかと思っています。
もちろん、研究に軸足を置く道もあります。大事なのは「研究以外のことをしなくてはならない」ということではなく、「研究以外のことをしながら成長できる」ということです。
例えば、検査の実効性をどう高めるかを考えることも、東日本大震災の復旧の時に何を考えなければいけないかということも、どちらも技術です。そういう技術管理やプロジェクトマネジメントの感覚が分かった上で研究をすることで、社会実装に適した研究開発の進め方にもつながってくる。全体を見ながら研究する力は、非常に重要だと思っています。
実装フィールドを自社の中に持っていることも、当社の強みです。研究だけでなく、社会実装やプロジェクトマネジメントまで経験できる環境があるからこそ、専門性と仕事の幅を広げていけるのだと思います。
鬼頭 今後、自社の博士人材にどのような活躍を期待していますか。
林屋 博士人材の活躍の仕方というのは、一つではないと思っています。研究開発を軸に進んでいく道もありますし、それ以外の技術推進や、総合技術監理、プロジェクトマネジメントのような形で専門性を発揮していく道もあります。さらに今後は、新規ビジネス提案などにその独創性を活かすことも期待されるでしょう。
そのうえで、長い目で見たキャリアのあり方について言うと、計画通りにはいかないこともあるでしょう。ありきたりですけれども、その時その時の目の前の仕事を一生懸命、楽しみながらやっていく中で、自然に道が開けていくのではないかと思います。
研究だけをしていたのでは見えないものが、社会実装の中にはたくさんあります。そういうものを見ながら、研究者としての幅を広げていける博士人材になってもらいたいと思いますし、そうした成長を可能にする環境が、当社の面白みではないでしょうか。
一方で、純粋な研究者が活躍できる場ももちろんあります。決して「研究ばかりしていたんじゃだめだ」ということを言うつもりはありません。我々の研究所にも、研究に徹する専門家もいます。例えば気象・雪害の専門家とか、パンタグラフの力学の専門家、無線通信技術の専門家、などが活躍しています。それぞれの分野をリードする非常に重要な存在です。
幅広く社会実装や技術推進に関わりながら成長していく道もあれば、専門性を深く磨いて、その分野で存在価値を発揮していく道もある。どちらか一つに決めつける必要はないと思います。
鬼頭 今後、どのような専門分野の博士人材に来てほしいと考えていますか。
林屋 幅広い分野の方に活躍の可能性があると思っています。
例えば安全関係ですと心理学の専門家も活躍の可能性があるでしょうし、データサイエンスのようなアプローチでサービスや安全を考えることも今後あり得るかもしれません。安全工学はやはり鉄道がかなり特殊というか、進んでいる、ないしは重要視されている部分もありますので、いろいろな方が活躍できる、これから伸ばせる領域なのかなと思っています。
いわゆる情報系、AIのような領域を専門とする社員は、まだ多くないかもしれませんので、これからさらに伸ばしたい分野だと思っています。特に、日々の工事や保守の作業やお客さま対応のような業務の中で活躍できるフィジカルAIの社会実装にはとても関心があります。AI技術は、ソフトだけでなく、ハードも含めて活用できる余地が大きいでしょう。
他にも、安全性の向上や自動運転を実現するためのセンシング技術、要員や車両の配置、さらには輸送障害が発生した時に効率的にダイヤを平復させるための数理最適化技術、安全性や信頼性を高めたり地上インフラを削減したりするために可能性のある衛星技術の利活用、水素や非接触給電など将来可能性のあるさまざまな駆動方式、作業員や社員、さらにはお客さまの健康意識などにも貢献するヘルステックの実装など、充実させたい技術分野は様々です。
自分の専門性が活きる場所はどこかという発想ですと、弊社にたどり着くのは、土木や機械の方が主になるかもしれませんが、それ以外の方も歓迎しています。研究テーマそのものが、その先のキャリアである必要は必ずしもないと、私は考えています。私自身は、磁気浮上で学位を取りましたが、磁気浮上の研究は入社してからは直接関わっていません。その後経験したさまざまなキャリアは、博士号を取得した直後の自分の想像だけでは決して達成できなかった充実したキャリアと言えるでしょう。そうした経験を通じて、技術者としても成長できたことは、さまざまな経験に門戸を広く開放し、受け入れてきたからこそであったように思います。もちろん、学位を取得した分野の研究を、入社後もずっと続ける方もいますし、そうした研究者でなければ提案できないこともありますので、それぞれの研究者の興味や性格によって、いろいろなケースがあるべきなのでしょう。
鬼頭 最後に、博士課程の学生や、これから進学を考えている方に向けてメッセージをお願いします。
林屋 技術者・研究者の仕事の醍醐味は、結局は社会の役に立つことだと思います。社会実装まで見据えるのであれば、研究力そのものと併せて、それを実際に社会の中で機能させていくための力も必要になります。
よく「コミュニケーション力」と言われますが、ともすると語感からは実務とは異なるいわゆる社交術のような印象を持たれがちですが、それはプロジェクトマネジメントをするために必要なスキルと言えるでしょう。学会で生産的な議論をするとか、社内で建設的に話し合うとか、「他者と一緒により良いものをつくっていく力」が必要です。研究力を高めることはもちろん大事なのだけれども、それ以外の経験、そして成長もとても重要です。
私自身、博士課程の時に教授から、「研究以外の分野にも知見を広げなさい」とよく言われました。例えば将来、海外の技術者や研究者と交流する時に、専門の話だけではなく、その国の歴史や、クラシックでも美術でも話ができるような教養を持ちなさい、と。今振り返ると、本当に良いアドバイスだったなと思います。
博士人材というと、「優秀な人材」というイメージで見られがちですが、私はそうではないと思っています。むしろ日本で博士課程に進む人の強みは、研究が好きで、コツコツと研究を積み重ねられることにある。そのうえで、本当に社会に貢献できる博士人材というのは、専門性を持ちながら、課題を設定し、課題解決や新規提案を先導できる人材です。
博士課程にいると、どうしても大学のキャリアがいちばん輝いて見えてしまうところがあると思います。私自身、アカデミアの道を途中で諦めた研究者とも言えますが、社会実装の技術者としては、大学にいたのでは達成しえなかった充実したキャリアを重ねてきた自負があります。さらに、技術の現場を経験してきたからこその、アカデミアにいたのではなかなか身に付けることができなかったと思われる技術的な視点も養われたと感じています。ですから、今研究を頑張っている博士課程の方や、これから進学を考えている方にも、進路を狭く決めつけず、広い視野で自分の可能性を考えてほしいと思います。
アカデミアにはアカデミアならではの大切な役割があります。一方で社会にも、アカデミアからは見えにくい、充実した技術の仕事や、技術者として大きな自由度を持って挑戦できる場があります。若い研究者の皆さんには、そうした仕事の素晴らしさや面白さにも目を向け、自分に合った場所で、充実した技術者人生を築いてもらいたいと思います。
東日本旅客鉄道株式会社の採用情報については以下よりご確認ください。
◆ インタビューのお相手
林屋 均 氏(東日本旅客鉄道株式会社 テクノロジー&イノベーション推進本部 研究開発センター 所長)
◆ 企業情報
社名:東日本旅客鉄道株式会社
代表者:代表取締役社長 喜㔟 陽一
本社所在地:東京都渋谷区代々木二丁目2番2号
創立:1987年4月1日
こちらの記事は2026年10月8日に公開しており、記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
Photo: 金沢 俊
Writer: 小川 絵美子