博士 ×「素材メーカーの仕事」|海田 由里子(AGC株式会社)
2025.06.10
海田 由里子 氏(AGC株式会社 技術本部 先端基盤研究所 所長)
博士人財の活躍が日本の産業界で注目される中、素材メーカーのAGC株式会社では、研究開発部門における博士人財比率が30%と欧米エクセレントカンパニー平均を上回る。今回お話を伺ったのは、同社技術本部・先端基盤研究所・海田氏。研究開発を始めとして様々な仕事で培われた強みやリーダーシップ、企業における研究開発とそこで働く博士のあり方について語っていただいた。
インタビューアー:浅岡 凜(株式会社アカリク ヒューマンキャピタル事業本部 事業推進部)
浅岡:まず初めに基本情報として、貴社の事業内容や研究組織の位置付けについて教えていただけますでしょうか。
海田:AGC自体は幅広い素材・ソリューションを提供する企業です。元々強みを持っている分野としては建築ガラス、オートモーティブ、ディスプレイ、エッセンシャルケミカルズ、セラミックスがあり、コア事業と位置づけております。
それに加えて、技術の融合で非常に複雑化した高機能な素材を成長産業に向けて提供しております。成長産業とは、エレクトロニクス、モビリティ、ライフサイエンス、それにパフォーマンスケミカルズの4つで、これらを戦略事業として位置づけています。
コア事業で得たキャッシュを戦略事業に投資し、新たな事業を育成することで、企業としての持続可能性を高めていく方針「両利きの経営」が2015年に策定され、現体制でも引き継がれています。
研究開発については、年間約600億円を投じており、これは売上高の約3%に相当します。技術本部はコーポレート研究開発部門で、3つの主要な研究組織があります。素材を開発する「材料融合研究所」、生産設備やエンジニアリングを担う「生産技術部」、そして私が所長を務める「先端基盤研究所」です。先端基盤研究所では、革新的なプロセスや全社共通で利用できる分析・シミュレーション技術など、共通基盤技術の開発を担っています。
コーポレート研究部門は、とくに戦略事業との関係が深く、成長産業への技術的貢献を主なミッションとしています。事業部(カンパニー)ごとにも、それぞれ研究開発部門がありますが、開発の時間軸に違いがあります。カンパニーでは比較的短期での製品化や課題解決が主な目的である一方、コーポレート研究は5年以上先を見据えた次世代製品や新規事業の創出を目指しています。
また、シミュレーションや解析においては、今後量子コンピューターなどの活用も視野に入れており、生成AI等含めた新たな技術が製品開発の競争力を左右すると見ています。これらの最先端基盤技術とプロセス技術とを組み合わせ、製造技術の革新を進めています。
2021年には、AGC横浜テクニカルセンター(YTC)が稼働を開始し、これによりAGCの国内R&D拠点が1つに集約されました。それ以前は、新横浜の羽沢地区に素材系の研究所があり、鶴見ではプロセス・エンジニアリングを主に担っていましたが、現在はすべて鶴見・弁天橋に統合されています。素材、プロセス、共通基盤、エンジニアリングといった各分野が物理的にも同じ場所に集まっており、シームレスな連携が可能となった点は、我々の開発体制の大きな特徴です。
さらに、コーポレートの研究所だけでなく、各カンパニーの開発部門の多くも同じ鶴見の拠点に集まっており、組織間の連携は以前にも増して密になっています。これにより、横断的かつスピーディーな研究開発が可能となり、AGCの技術力の向上に寄与しています。
浅岡:では、今の海田さんの研究所長としての役割を教えてください。
海田:技術本部全体では、1,000人を超える規模で、そのうち約400名が先端基盤研究所に在籍しています。そのような規模を背景に、私が担っている役割の中で最も大きいのは、開発マネジメントで、もう一つの重要な役割は優秀な人財を育成していくことです。
浅岡:研究開発の部門というのはまさに博士人財が集まってくるような部門だと思いますのでAGCの中で博士人財の育成や適切な活躍、すなわち人財活用といったところに深く関わっていらっしゃる、ということでしょうか?
海田:博士人財はもちろん、研究開発の若手人財全般を育成していくところが重要なミッションです。研究所では新卒採用・キャリア採用に取り組んでいますが若手が多い組織です。育っていくと各カンパニーに出ていったり、また戻ってきたりといったローテーションがあります。一番いい例として、CEOの平井は研究開発で入社しましたがCEOすなわち経営を担っています。事業に向いている人員はまさに事業部の研究所ばかりではなく営業・マーケティングで活躍することもあれば、製造で強みを発揮するものもおり、あらゆる部署に人財を出していくというところもコーポレートの研究所の一つのポイントになっています。
浅岡:博士人財はどのぐらい在籍されていて、どのような分野の博士の方が多いですか。
海田:まずAGCの研究所には博士人財が30%在籍しており、欧米のエクセレントカンパニー(優良企業の枠組み)の多くが20%程度という中、それよりも上回る比率で博士人財が在籍しています。いわゆる工学・理学系の人たちがほとんどですが様々な分野の方がいます。
浅岡:採用されるときは、この分野の人がいい、という風にピンポイントに分野を指定しているのでしょうか、それとも基礎知識が揃っていれば専門分野はそれほど問わないような採用をされることが多いですか。
海田:例えば、バイオ系の方と無機材料系の方とでは、専門性がまったく異なります。そのため、採用にあたっては、ある程度の分野指定は行っています。
たとえば、今年の採用では「無機材料の専門性を持った方を採用したい」と考えた場合、「無機化学」といった分野を明示して応募を募る形になります。また、他にも機械系や電気系のバックグラウンドを持つ方々もいらっしゃるため、そのレベル感での専門分野の指定はさせていただいています。
ただし、「現在の研究テーマをそのまま継続してもらう」という形の採用ではない、というのが基本的なスタンスです。
学生の方の中には、「自分の研究を活かしたい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。もちろん、研究を通じて得られた知識を活用していただけることは歓迎ですが、我々がより重視しているのは、研究を通して培われた“基礎的な力”です。
たとえば、物事をロジカルに捉える力や、課題に対してどのように解析していくかという力など──そうした基盤となる能力をしっかりと身につけているかどうかを重視しています。ですので、個別の研究テーマ自体よりも、それを通じてどのような力を獲得してきたかという点を重く見ています。
とはいえ、いかに基礎的な力を持っていたとしても、たとえば機械系の方が無機材料分野でいきなり活躍するというのは、やはり難しい部分もあるかと思います。技術領域という意味では、ある程度の分野指定は必要にはなってきます。
浅岡:研究所に入った方はその後、どんなキャリアパスを描くことになるのでしょうか。
海田:まずは研究開発職となりますが、その後のキャリアは、ご本人の適性や希望に応じて多様に広がっていきます。
たとえば、入社後もそのまま研究開発の道を極めていく方もいれば、先ほどお話ししたように、製造部門やマーケティング部門に異動して活躍される方もいらっしゃいます。さらに、MBAを取得して経営分野に進まれる方もおり、さまざまなキャリアパスが存在しています。
また、研究開発という枠の中だけを見ても、その中にいくつもの軸があります。たとえば、プロフェッショナルやフェローのように、世界レベルの技術力をもって、専門分野でAGCに貢献する技術のスペシャリストもいます。一方で、私自身がそうであるように、マネジメントの立場から研究開発の組織をけん引していくようなキャリアもあります。
最近、「社会実装」というキーワードを耳にする機会が非常に増えてきたと感じています。私は、大学という場は「インベンション(発明)」のフィールドだと捉えています。つまり、原理原則に基づいて新しい理論やセオリーを発見・構築していく場です。そして、企業の役割は、その技術をいかに社会につなげていくか──すなわち「イノベーション(新結合)」へ昇華させていくことだと思います。
この「インベンション」と「イノベーション」の組み合わせこそが、日本全体の活性化にもつながっていくのではないでしょうか。実際、日本はインベンションの力には非常に優れていると感じます。だからこそ、それをいかにして社会の中で形にしていくか、つまりイノベーションへとつなげていくプロセスが重要になると考えています。
そのような意味で、インベンションとイノベーションの橋渡しに関心のある博士の方々にとって、企業というフィールドは、自らの力を最大限に発揮できる場所だと思います。
浅岡:アカデミアと企業での研究職との違いが今の言葉で非常に明確になったと思います。
浅岡:それでは次の話題として、海田さんご自身のキャリアに関してぜひお伺いしたいです。
海田:私の大学時代の専門はポリマーサイエンスで、多糖誘導体を用いた光学分割に関する研究を行っていました。多糖とは、いわゆる砂糖のようなものを指しますが、そういった天然由来の物質を使って、薬の原料となるような物質の分離システムの構築を目指す研究です。
少し専門的な話になりますが、たとえばD体アミノ酸とL体アミノ酸のように、分子の構造は同じでも立体構造が異なるために、生体内でまったく異なる機能を持つ物質があります。医薬品や食品の分野では、こうした立体異性体の分離(キラル分割)が非常に重要です。私自身は、それらを分離するための新しい材料の研究に取り組んでいました。
当時の指導教授が「知識だけでは産業には繋がらない、知恵が大事!」とよく口にされていたのが印象に残っています。単なる「知識の応用」にとどまらず、「その技術が超一流でなければならない」と、常に高い水準を求められており、他に真似できないような、唯一無二の技術を持って産業に貢献することが、わりと普通に行われている研究室でした。そういう意味で非常にラッキーだったと感じています。私の研究テーマでも実際に商品化された例があり、自分の技術がそのまま事業や製品となって社会の役に立っていくということを実感していました。こうした経験もあり「イノベーション」や「サイエンスリンケージ(科学と産業の橋渡し)」といった概念に、当時は名前こそ知らなかったものの、強い関心を持つようになりました。
浅岡:そこで企業の研究者としてのキャリアにも興味を持たれたということですが、どのような経緯でAGCに入社しましたか。
海田:私は、大学で博士号を取得した後、AGCに新卒として入社しました。博士課程の時にAGCから奨学金をいただいていたので、AGCというのはアカデミアに対してリスペクトしてくれるいい会社だなと思い応募しました。もちろん他の企業も受けていましたが、今でこそ企業で博士人財採用が浸透してきていると思いますが、当時(1993年)はなかなか間口が狭かったです。その中でAGCはあまり色眼鏡で見ない非常に懐が広い会社で、私と同期でもう一人女性のドクターが入社しました。
浅岡:当時では画期的な会社だと思います。本当に素晴らしい、先見の目がある会社だというところが非常によく分かります。
インタビューを実施したAGC株式会社・本社の会議室からの景色
海田:その後、AGCに入社したのですが、ここでまた驚くことになりました。入社して最初の半年は、千葉工場の有機化学系のプラントで工場実習を行った後、当時AGCが新たに立ち上げていたウレタン事業に加わることになりました。その事業はすでにスケールアップの段階に入っており、お客様も決まっていて、「いかにその製品を顧客に届けていくか」が大きなテーマで、大学時代には、小さなフラスコでの合成実験を繰り返していた私が、いきなり数百リットル単位での製造に関わることになりました。ポリマーというキーワード自体は共通していましたが、扱う材料やスケールはまったく別物でした。いわゆる「要素技術」としては研究していた内容と通じるところがありましたが、製造スケールでの反応となると勝手が違っており、入社1年目の12月には、私の担当するバッチで約300万円相当の損失を出してしまったこともありました。
浅岡:それはもう心臓が縮み上がりませんか。
海田:あまり思わなかったですね。むしろ、取り返してやると思っていました。
その後は実際に試作設備がある工場に出向くことになり、製造現場の方々と一緒に立ち上げ業務に携わることになりました。現場では、試作を進める中で、お客様への納品に向けたスケジュールが非常にタイトであったため、開発段階とは異なる現実的な制約に直面しました。
当時のいろいろな事情があったとは思うのですが正直に言えば、自分が大学でやってきたこととは全然違うなと感じました。お客様への納期が決まっている以上、スケジュールは絶対ですし、扱う規模も大学時代の実験とは比べものにならないほど大規模でした。そういった点は、当時の私にとって大きな学びとなりました。
もう一つ強く印象に残っているのは、チームワークです。大学の研究は基本的に一人で進めることが多かったのですが、製造に関することとなると現場の方々との連携が不可欠であり、企業とはチームワークで成り立っていることを体感しました。
浅岡:そういった意外なご経験というのが今のキャリアにつながっている感覚はありますか。
海田:活きていると思います。大学と企業の違いみたいなものはその現場経験でかなり実感しましたし、それが商品にもなり、大いにやりがいも感じました。
現在、私は入社から約30年が経ち、研究所の所長を務めていますが、その間の大きな転機のひとつは、2003年に関連会社へ出向したことでした。そこはエレクトロニクス領域の製品を生産する会社で、その中の光デバイスを扱う部署に赴任しました。私はポリマーの研究者として、それをエレクトロニクスへ応用するというチャレンジに取り組みました。
それまで所属していたのはコーポレートの研究所でしたが、この異動により事業部側の研究開発部門へ移ることとなり、お客様との距離が非常に近くなりました。もちろん、それは制約もあるのですが、一方で開発成果がダイレクトにお客様につながるという手応えがあり、成功確率も比較的高くなるという印象がありました。
当時私が担当していたのは、ブルーレイなどの記録媒体に使用されるデバイス用の材料開発でした。エレクトロニクス分野は技術のライフサイクルが非常に短く、次々と新しい素材や製品を生み出していく必要があるため、非常にタフな現場でしたが、部署の皆さんが「我々は最先端をやっている」という意識が強く、非常に活気があって刺激を受ける日々でした。
当時のコーポレートの研究は主に化学系──特にポリマーや低分子ケミカルの専門家たちとともに働いていましたが、事業部に入ってからは、化学の他の分野や物理系の人もいるという組織で、異なる専門領域のメンバーと一緒に、一つの製品をつくりあげることが面白いと感じました。
最初は、専門が異なるため、言葉の定義や概念も違い、なかなか会話が噛み合わないというところからスタートしましたが、議論を重ねていくうちに、みんなで少しずつすり合わせてきて、物理の専門家が化学の話を理解するようになり、私たちも物理的な視点に慣れていく。その過程自体が非常に面白く、会話がどんどん深まっていきました。そうした経験を共有した仲間たちとは、今でも非常に良い関係が続いています。異なる文化や専門性の壁を乗り越えた絆みたいなものはあるなと思います。
一緒に汗をかいて共に頭を悩ませた仲間が今も会社のいろんなところで活躍している、それはある意味イノベーション、一種の“新結合”とも言えるでしょう。
浅岡:そこからマネジメント方面にシフトされた経緯はどのような流れでしたか。
海田:その当時は、規模4-5人からなる比較的小さなチームで開発を進めていましたが、その開発自体は私に任されており、自らも実験を行いながら、部下を持ち、プロジェクト全体をマネジメントする立場にありました。
「何かを大きく変えたからマネージャーになったのか」と聞かれることもありますが、実際には特別なきっかけがあったというよりも、担当者として一つのテーマを推進・管理するようになり、それが複数のテーマを束ねるマネージャーへと徐々に移行していったという、いわば自然な流れだったのだと思います。
ちなみに、当時、女性がマネジメント職に就くことはまだあまり一般的ではなく、そういう意味では、上層部も少なからず課題意識を持っていたように感じます。実際、私がリーダー職に就いた後ですが、上司に「リーダーをやりたくないということはありません。やります」と、はっきり答えたのを覚えています。
ここに博士人財の文脈をつなげると、私も博士課程のときには学部生や修士課程の後輩の研究の面倒を見る経験をしており、個人的にはそれが非常に活きたと思っています。私が入った頃というのは女性の研究者も少ない時代で、そこでいきなり女性上司として男性部下を指導することになりましたが、それがあまり苦にならなかったです。
そしてその後は旧事業開拓室に異動し新事業立ち上げの検討を2年行いました。それからアメリカのシリコンバレーに異動し、オープンインベーション担当として現地のスタートアップの技術に投資の提案をしたり、あるいは大学と共同研究を始めたりという仕事をしていました。最初の1年半ぐらいはとにかく大変で、英語の問題もあり、また人脈も乏しくどうするのかという状態でした。ただ、それでもあるところから、Non-Native Englishですが、コミュニケーションがスムーズになり、また、人脈も少しずつ広がってきて、とても面白くなってきました。
そして帰国して昨年までが企画部長、今は先端基盤研の所長というのがざっとした流れです。
浅岡:本当に多様な経験をされていらっしゃいますね。これまでもいくつか挙がっていますが、他に博士課程で経験が役立ったと実感したことはありますか。
海田:光デバイスをやりなさいと言われたときに、仕事の領域は物理で専門外でしたが、そういうところに対してもプリミティブな原理原則を理解して自分のケイパビリティを広げていけたことがあります。それについては博士課程のときに物事をロジカルに突き詰める経験をしたのが活きています。
アメリカに赴任したときにも、博士号を保有していることでコミュニティに入りやすかったのもありますが、どうエコシステムに入って、どううまく活用するか、そのため適したやり方を考えて…というのは博士のときの「知恵と知識をうまく結びつける」経験が活きたのではと思います。
浅岡:逆に博士人財だったことで企業に来て苦労したことはありますか。
海田:一般的には時間軸の違いでしょうか。大学だと常に長期視点で研究を進めますが、企業ではプロジェクトによっては時間がタイトだったりして、目の前の課題解決を優先しなければいけない場合もある、という点にギャップを感じる方はいらっしゃると思います。私は最初にそこを一気に経験できたことで大学と企業とのギャップがうまく埋まったような気がしています。もちろん、新しい環境で鍛えられたということはありますが、やはり大学と企業とでは研究開発の目的が違います。大学の研究は主に世界初のインベンションや普遍的な理論を探すことではないでしょうか。それに対して企業はどちらかかというと、必ずしも世界初でなくてもいいけれどイノベーションにより勝てるものを探すところがあるのではないでしょうか。もしかしたらそのギャップがなかなか埋まらないという方はいらっしゃるかもしれません。
今思えば私にもそういうところはあり、ちゃんと反応が進んでいるかどうか調べるときにそのときに私の経験だとこういう分析法でやればいいと考えていたものが「そんなの現場じゃ使えないだろう」と言われて、そうか、もっと簡便な解析方法を導入しないといけない、と気づくときがありました。最先端の分析機器を使って精緻な解析をすることも産業界では大事なですが、もっと現場で使えるやり方を提案する、そういった目配りを当時は全然できていなかったなと思います。
浅岡:ありがとうございます。次に、御社の研究所をメインとした博士人財の活用についてお伺いします。博士人財を採用するにあたって評価の観点として重視しているのはどんな点ですか。
海田:課題設定能力を期待しています。研究所ではもちろん博士でなくても採用しますが、博士になると自分で研究テーマを決めていかなくてはいけないため、課題を設定する能力は修士の人に比べると長けていると認識しております。あとはロジカルな思考能力というのは当然鍛えられていることがありますのでそれに伴うコミュニケーションや能力、あるいは専門知識や、既知のものから未来のわからないところをロジカルに予測する力などは特に博士の方に期待しているものになります。
浅岡:博士課程に在籍されている学生の方やこれから博士進学を検討している学生の方に向けてアドバイス、メッセージなどあればよろしくお願いします。
海田:インベンションに特化してご自身の専門性を高めていただきたいのですが、先々を考えたときに自分のテーマだけではなく、基礎的な力をぜひ磨いていただきたいです。それは論理的な思考や課題設定力、コミュニケーション力であったり、失敗や困難に立ち向かうためのレジリエンスであったり、グローバルな視点であったりします。学生の間にそういったものも磨いていただければなと思います。
ご興味があれば、弊社に限らずインターンシップにもご参加いただいて、「企業というのはこんなものなのね」と体感するのがお勧めです。もちろん好き嫌いがあるので、皆さん必ず企業に来てくださいということはないのですが、企業でもこれまでご自身が経験してきたものを十分に活かせます。それは基礎的な研究だけでなく事業側の研究や実装のところもそうですし、経営もあればマーケティングもあるので、そこに自分の基礎的な力が活きるいうことはぜひ知っていただきたいです。インターンシップがキャリアのきっかけになる人もいれば、これだったら行かなくてもいいと思う方もいらっしゃるだろうし、実際に体験してみるのがいいかと思います。
それに加えて、ぜひ多角的な視点を持っていただければと思います。それが将来のイノベーションの起点になると思いますので、自分の領域だけじゃなくて異分野の研究やプロジェクトに参加するなり、学会に行ったら異なる領域の方と話をするなり、自分の領域を広げていくことは重要です。
どうしても目の前の研究に没頭される方が非常に多いと思います。研究室に閉じこもるというのは、昔はおそらくよかったのかもしれませんが、だんだん時代も変わって広い視点を持つことは大事になってきました。そういった意味でも、インターンシップへの参加も含め、少し時間があれば研究室から出て、様々な人と交流を持ちましょう。
浅岡:少しそれに関連して、もう一つお聞きしたかったことがあります。博士学生の方々には研究が非常に好きで目の前の研究をずっとやりたいという方も多いと思います。例えばアカデミアで研究者になったら本当は研究だけをしていきたい、大学運営や教育などのいろんな責務を避けたいと考えてしまうこともあるかもしれません。同じように企業で考えると、マネジメントだったりマーケティングだったり、社会実装に近い仕事があるかと思いますが、そういう仕事をあえてすることの面白さを海田さんのご経験や実感から伝えるとするとどういう言葉になるのでしょうか。
海田:"世界を拓く"ということだと思います。それで自分の可能性も拡がります。
もし研究だけをやるならノーベル賞級の発明を目指すのは一つの考え方ですが、著名な研究者の方を拝見していると、非常に多角的な視点をお持ちの方が多いように思います。大学においても自分の幅を広げていくことは必要なのではないでしょうか。長い人生なので今のテーマだけで一生終わることもおそらくないでしょう。自分の幅をどう広げるかだと思うのです。
浅岡:世界を拓く、それにより可能性も拡がる、というお言葉は力強いメッセージとして響くと思います。ありがとうございました。
AGC株式会社の採用情報、インターンシップ/オープンカンパニーの情報については以下よりご確認ください。
◆ インタビューのお相手:海田 由里子 氏(AGC株式会社 技術本部 先端基盤研究所 所長)
◆ 企業情報
社名:AGC株式会社
代表者:代表取締役兼社長執行役員 平井 良典
本社所在地:〒100-8405 東京都千代田区丸の内一丁目5番1号
創立:1907(明治40)年9月8日
こちらの記事は2025年6月10日に公開しており、記載されている情報が現在と異なる場合がございます。